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2013年1月5日

‘ジャムおじさん’になって思う

カテゴリー: 今日のできごと

昨年末に何度か
柑橘類をいただいたりしたので、
そのたびにジャム作りに
取り組んでみました。

自分が作ったジャムは、
自分が手間をかけただけに、

おいしい、などといった
言葉では言い表せない、
格別の味がします。

他人が食べれば、
まあきっと、
それほどでもないかも
しれませんが(笑)、

ともあれ実際に作ってみて、
原材料はいたってシンプル。

果物と、
近所のオーガニックショップで買った
粗製糖のみ。

一方で、
お店で市販されている
ジャムの原材料が気になって
コンビニで調べてみたら、

それ以外に3、4種の原材料が
書いてありました。

いわゆる添加物ってやつです。

家に帰ってそれらを調べてみたら、
人体への危険度が著しく高いとは
限らないようでしたが、

しかし使わなくてもできるものを
あえて使うということは、

使わなければならぬ理由が
何かあったということです。

素材にばらつきがあっても
品質を均質化するため。

遠くまでの
輸送に耐えるため。

長期にわたる
保存に耐えるため。

お手軽に
美しく見えるため。

そんなところかと思いますが、

つまりは不特定多数を相手に、
大量に売ることができるような措置、
ということができるのではないでしょうか。

地球上には何十億人という
人が暮らしているわけですから、

みんなが食べていけるように、
そういったたくさんの量を作り、
売るということは
必要なことなのかもしれません。

そこには
消費者に対する配慮と愛情も
あるのだと思います。

しかしそうはいっても、
何かを犠牲にしていることには
違いないと思うんですよね。

コンビニ等で売られている
食べ物や飲み物を見れば、
添加物が入っていないものを
探すことが難しい時代。

ジャムに関しては
たまたま危険ではなかったにしても、
その中にはやはり、
身体に対して
あまり望ましくないものが
含まれています。

個人的には、
「アミノ酸」(=化学調味料)と
乳化剤と人工甘味料は苦手だなー。

おいしいと思えないし。

このように
おいしさよりも、
経済を優先する時代。

あるいはそれを
おいしいと思いこませる時代。

考えてみれば、
それは現代のものづくりの仕組みの
一端とも言えますね。

私たち建築の世界も
思い当たることが多々あります。

私たちは現実的に
そういった仕組みの中で、
取り引きせざるをえないことも
あろうかと思いますが、

しかし一方的にその仕組みに
身を任せるのではなく、

顔の見える相手に、
手と足をふんだんに駆使して
何かを作る時間を、
少しでも確保しようでは
ありませんか。

おいしさのために、

心地よさのために、

そして、

ジャムおじさんが出ている
歌にもあるように、
‘そうだ、うれしいんだ、生きる喜び♪’を
感じるために。

手間かけても、
手間かけなくても、

一度だ、生きるのは。