真の快楽とは?

みんなで身体を動かして楽しむ家づくり。感覚をはたらかせて、季節を味わう暮らし。そこに「真の快楽」が!

「楽しむ」から、楽しい。

「きらくなたてものや」では「楽しむ、楽しい、家づくり」と言っています。「楽しむ」から、楽しい。それが「真の快楽」だと思うんです。

「楽しむ」というのは、身体や感覚をはたらかせて、人や自然と積極的にかかわる、能動的な行為なんです。誰かがお世話してくれるから「ラクチン」や「お手軽」という受け身状態とは、逆です。

「真の快楽」って、なんでしょう?

「きらくなたてものや」でよくやっている、野外でのソーラークッキング。みんなで手をかけて作る料理は、美味しいんです。「手軽」でも「ラクチン」でもないことが、楽しかったりする。

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竹小舞の裏側から土がついたところ
家づくりもそうです。小舞を編んで、土を何回も重ね塗りする「土壁」。「ラクチン」とはほど遠い、時間と手間がかかる作業です。そして、一人でやるとしたら、苦行?です。それが、みんなでやると、楽しい。

身体を動かしたから。感覚をはたらかせたから。みんなでするから、楽しい。真の快楽って、そういうことなんじゃないしょうか。

キリがない快適を追い求めるより

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夏は風が抜け、冬は敷き瓦が蓄熱し、薪ストーブで暖をとる。
真夏の現場の休憩時間にクーラーがガンガンにきいたコンビ二にアイスを買いに行く。店に入った瞬間は、ひや〜っとして快適ですよね。けれど、ひとたび外に出ると、入る前より外の暑さが耐えがたいように感じます。快適を知ったことで「もっと涼しく」「もっとあたたかく」を求めてしまう。キリがないんですね。逃げ水のように。

受け身の「快適」を手に入れて失うものもあります。たとえば、冬のピーンと引き締まった空気を味わうこと。家族がひとつのコタツに集まってしまうこと。夏のうだる暑さの中で聞く風鈴の音に涼を感じること。

季節感のある暮らしを楽しむ

夏はほどほどの涼しさ、冬はほどほどのあたたかさを、ガマンするのでなく楽しむ暮らし。庭に木を植える。打ち水をする。縁側から風を通す。土壁に蓄えた熱や涼しさをうまく使う。作り出された快適をただ享受する暮らしより、自ら工夫し、身体を動かし、季節を豊かに感じながら能動的に暮らす方が、楽しい。

私の思う「真の快楽」とは、こういうことなんです!

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