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2008年9月13日

良材を産み出すヒミツ

カテゴリー: 今日のできごと

三連休の初日、
奈良県吉野町を訪れました。

ここは「吉野杉」の産地、

実は約8年前建てた私の家は、
岡部材木店を通じて、
吉野のIさんが地元で仕入れた杉を
たくさん使っているので、
いずれIさんのところに
行きたいと思っていたところ、
今日は別の話で
吉野へお誘いを受けたので、
この機会を利用して
Iさんのもとを訪れた次第です。

Iさんのご案内で、
原木市場に行きました。

すると今日は、
月に数度の市の日。
なかなかお目にかかることもないので、
しばらくその様子を眺めていました。

丸太価格の現在相場、
また‘売れ筋商品’が
手に取るように分かり、
実に興味深かったです。

吉野の森の様子。

上の写真は樹齢約80年の森、
下の写真は、
何と樹齢300〜400年前と推定される森。
写真では伝わりづらいかもしれませんが、
全ての木の根元が直径1m前後あり、
とにかくド迫力です。

こうして色々山を見せていただきましたが、
吉野の森の多くは、驚くほど、
人の手が実に行き届いていています。

「吉野」という名前が
そうさせているところもあろうかと思いますが、
Iさんから森を管理する体制をお聞きして、
なるほど、と思いました。

と申しますのも、
吉野の森を所有している「山主」は、
ほぼ全て、地元の有力者たち。
つまり大半が私有林です。

吉野は森と木の国、
どこまでも森が続いておりますが、
このあたりの山主さんの数は、
片手で数えられるほど。
それだけこのあたりの山主さんは、
相当の面積の山と財力をお持ちなのです。

そして山主さんの下には、
実際に山を管理する「山守」の方々が
たくさんいらっしゃいます。

彼らにとっては、
山主さんが近くにいらっしゃいますので、
しっかりと仕事をやらないわけにはいきません。
森を枯らしてしまっては、
山主さんに顔が立たないわけです。

一方山主さんは、
山守さんたちが食べていけるように、
彼らに仕事を作り続ける必要があります。

吉野の森は、
他の地域の3倍程度も密度高く木の苗を植え、
そのために年輪の詰まった
とてもすばらしい木材を
産み出すことができるのですが、
しかしその分、
苗を植えてから木材に至るまでには、
その間森にたくさんの
人の手を入れる必要があります。

なんでこんなたいへんなこと、
日本全国の山々は
それでなくても手が足りないのに…、
という見方もありますが、
裏を返せば、
山主さんが山守さんたちに
仕事を作り続けている、
ということになります。

その結果良い材が生まれ、
他の地域と比べて高い値段で売れていく、
そうした好循環をもたらしているようです。

また、私はもう一つ、
朝から吉野にいて感じたことがあります。

それは山や木に関わるみんなじゅう、
「仲間」だということです。
案内いただいたIさんの顔が広いということも
あろうかと思いますが、
会う人会う人、みんな和やかなあいさつ。

さらにIさんの言葉で印象的だったのは、

あの山守が今がんばっているから、
彼が出した木を買おう、

こうしてがんばっている山守さんの木を
順繰りに買っていくんや、

自分のもうけのためだけに
買い叩くことは絶対にしない、

という言葉、
つまりIさんは、
山守さんの応援の気持ちで
常に丸太を買い続けているのです。

そして他の丸太を買い付ける方々も、
多かれ少なかれ、
Iさんのような気持ちを
持っていらっしゃるのではないかと思います。

現在木の最終末端価格が
下がっているので、
それに比例して
丸太を買い付ける値段も
下落してしまっている状況は
致し方ないとしても、
少なくともそうした相互の信頼関係の中で、
取引が進められています。

有名な吉野の杉は
概して目が詰まり、色も美しいです。
その質はさすが「吉野杉」として
名を馳せるだけのことはあります。

しかしその名声は、
吉野という土地の気候風土、
あるいは土の質といった立地条件も
少なからず貢献しているのかもしれませんが、

それよりも、材を産み出すしくみと体制、
またそれらを構成する人たちのよい人間関係、
つまり吉野を取り巻く社会的条件が、
どうもその名声に大きく寄与しているような
気がしました。