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2006年3月20日

清々しい竹林の中一人佇む

カテゴリー: 横浜な邸


N邸の地鎮祭用の竹を伐るために、いつもお世話になっているT澤さんの竹林へ。
太陽と青空とまだ少し冷たいが清々しい風の下、小1時間竹林の中で1人作業した。
実に気持ちよい。
身も心も洗われるような気がした。

この竹林に初めて来たのが去年の6月頃だっただろうか。
そのときはI邸の竹小舞用の竹を調達するために、200本近い竹を伐らさせていただいた。
当時は人の手が入っていない印象で、枯れた竹が折り重なり、なんとなくじめじめして、足を踏み入れるのに少し恐怖感を覚えるほどの空間だったが、それ以来たくさんの人の手が入ったことによって、光が入り、風が通る、とても気持ちよい空間となった。

自然界は、善意の人たちの手が入れば入るほど、ボクたちに歩み寄ってくれる。

梅雲の中一人佇む

カテゴリー: 横浜な邸


作業した竹林の隣には、梅林が広がっていた。
ちょうど梅の花が美しい時期。
作業の間、虫のように梅林の中に引き寄せられる。

絵に描いたような青い空の下、梅の花の群れの中に入ると、梅の雲の中にいるようだ。
春の清々しい風が梅の雲を揺する。
気持ちいいなあ〜。

この梅林は観賞用ではなく、人間の営みとして梅を収穫するためのものである。
人間の生活の必要性の中で美しさというものは、美に下心がないからだろうか、何か安らぎを覚える。

バンブーボルボ再び

カテゴリー: 横浜な邸


N邸の地鎮祭の用の竹を伐採した後、愛車のボルボ850で竹を現地まで運んだ。
バンブーボルボ再び。
今度は葉っぱつきである。

※第1回バンブーボルボ
http://blog.goo.ne.jp/kirakunat/e/854e9525b8f41498c30b6760bf33415d

2006年3月17日

五・七・十

カテゴリー: ピスカリア


五・七・十は、I邸の構造材の秘密。

I邸の構造材の材種は、スギとクリのみ。
そして、「幸せ柱」の尺三寸角以外、断面形状は、
・五寸角(スギ・クリ)
・七寸角(スギ・クリ)
・尺×7寸の平角(スギ)
の三種類のみである。
今度そんな目で、I邸の構造体を眺めてください。

設計作業も中盤に差しかかった頃、材木屋からこの提案があったとき正直頭を抱えた。
「イタリアンレストラン」だから、伝統構法とはいえどちらかというと線を細く作りたかったからだ。
しかし「たてものや」は、こうしたお題を結果的に楽しむ要素として消化していきたいと思っている。

限られた条件の中で、いかに自分が追求する空間を作るか。
これらの条件は、材の大きさに限らず、生活上の要請であったり、予算であったりするわけだが、「たてもの」という具体物を作るために様々な条件があるのは必然のことであって、それを豊かな空間として仕立てあげることが私たち「たてものや」の使命である。

また、この材の大きさのお題の趣旨を材木屋に深く聞いたわけではないけれど、おそらく山側の事情でもあるのであろう。
たてものがいろいろな要素のうえに成立する中で、お題や条件というのは、それぞれの人間模様、経済や社会的事情が重なったうえでのものなので、大切にしたい。
そしてその条件の一つ一つが空間の個性につながっていくので、納得のいく「お題」があればあるほどこちらも仕事が楽しかったりする。

逆にこれからご縁をいただく皆さん、自分から皆さんには、家や木を取り巻く社会的事情と自分の仕事の姿勢として、「伝統的手法」、「国産材」、「直営方式」といった「お題」をお願いすることになりますので、一つよろしくお願いいたします。

2006年3月16日

無となるのは早い

カテゴリー: 横浜な邸


解体工事が完了したため、現場を確認しに行った。
数日前に行ったときはまだ少しごちゃごちゃした感じだったが、実にサッパリした光景になった。
6日に着手したので、10日で何もなくなってしまう。
無から有とするのに数ヵ月かかるのに、有から無は10日。
「有」を作る速度に比べて「無」とするのはとても速い。
そして一度「無」になってしまったら、同じものは二度と作れない。

「無」の空間を眺めながら、モノを作る意味と壊す意味を、深く考えるのであった。

2006年3月12日

幸せ柱

カテゴリー: ピスカリア


今日はI邸の竣工祝いパーティー。
I邸の工事に関わった職人さんたちや、作業のお手伝いに来ていただいた方々が約30人集まり、盛大に行われた。

Iさん、開店準備に忙しいさなか、美味しい食事のご用意をありがとうございます。

ご参加いただいた方々にそれぞれお言葉をいただいたが、この現場に誇りと愛着を持ち、楽しみながら関わっていただいたことがひしひしと伝わってきてうれしかった。
自分もこの現場は本当に楽しかった。
人と人との関わりが本気であることが、こんなにも楽しく、幸せなことであるということを肌で感じることができた。
そりゃお互い本気だからいろいろなことがあったけれど、そうしたことも含めて楽しむことができた。

Iさんのお母さんが、お祝いの言葉を色紙に書いてきてくれた。
それを大工の後藤さんが読んでくれた。
それによると、尺3寸角のクリの大黒柱は「幸せ柱」。
この「幸せ柱」を軸として、様々な幸せな関係が生まれた。
この現場での全てのできごとを中心で静かに見守ってきた、まさに幸せの「木の主」だった。

この間、ボクたちはこの建物を大事に育ててきた。
今日はこの建物の「成人式」だ。
今日のお祝いで、この建物は幸せに育ったことを確信した。
そして1週間と見ないうちに急に色っぽく、大人びたような気がして、よい意味で少し戸惑ったりもした。

いずれにしても、今日がこの建物の「成人」としての出発点。
イタリアンレストラン「piscaria」が成功しますように。

「幸せ柱」があるから、きっと大丈夫だ。

2006年3月9日

開き直る構造 その2

カテゴリー: 横浜な邸


N邸のほとんどの材木の出所となる吉岡木材を訪れる。
一部はもう大工の手元に運ばれて、既に刻み始めているが、7寸角や尺×7寸の平角はまだ材木屋のもとにある。

大きい材の木肌を見たが、なかなかよいではないか。
この付近の木も捨てたものではない。

材を大きく使うと、必然的に大きな丸太を挽くことになる。
大きな丸太までに育つような木というのは、基本的には比較的よく手入れされて育っているので、木の素性もよい傾向にある。

気になるのはお値段だが、それらがべらぼうに高いかというと、実は思ったほどでもない(と私は思っている)。
使う人があまりいないという事情もあるかもしれない。

だから木は、開き直ってでかく大きく使うのがよい。
木は構造体であり、機能であり、意匠なのである。
もったいぶらずに、恥ずかしがらずに、木を大きく骨太に使おうではないか。
‘骨太’だから、使いようでは端正な印象を与えるのだ。

2006年3月7日

開き直る構造 その1

カテゴリー: ピスカリア


最初で最後といってよい、客席ががらんどうの状態。
しばしその状態を堪能した。
野太い柱、野太い梁は、空間のゴツさよりも、空間の安心感と安定感を与えてくれるような気がした。
開き直る構造。だからだろうか。

ところで、この建物に使われる構造材には隠された秘密がある。
その話は後日改めて。

2006年3月6日

工事現場からイエへ

カテゴリー: ピスカリア


I邸で置く予定のテーブルと椅子を並べる。
テーブルはクリの板。
椅子は籐と鉄。

Iさんと大工の後藤さんと私でテーブルを囲んで座る。
考えてみれば、現場にこうしてゆっくり椅子に座る時間は初めてではないだろうか。

工事現場からイエへ。
この場所にくつろぎの時間空間が訪れつつある。

2006年3月4日

いよいよ現場始動!!

カテゴリー: 横浜な邸


来週から解体工事が始まるため、建て主のNさん、大工の藤間さん、解体屋の安間さんと私とで挨拶回り。
やはり昔からの近所付き合いがあることもあって、皆さん快く迎え入れてくれた。
工事を進めるうえで、近隣への対応というのはとても大事なので、順調な滑り出しだ。天気も良かったことだし。

さて来週から、35年の思い出が詰まった家を解体。
既に荷物はほぼ出されていて、がらんどうの状態である。
これから新たな家が建つ楽しみがある一方で、Nさんの思い出が摘まれる寂しさを感じた。
そして昨日葉山で見た解体工事の現場を思い出す。
解体工事というのは、やはり胸が締めつけられるようなものを感じる。

ともかく来週から劇的に現場は動く。
今年の楽しみがまた一つ増えた。